page 02

BFP Coop D3A&B5N


第一波攻撃隊      著 ナンチョビー雅武


1941年12月8日 早朝

皆さんおはようございます。従軍報道班に徴用された私、ナンチョビー雅武 は第二航空戦隊所属「蒼龍」乗艦を許されて取材することとなった。

大日本帝国は戦争が目的ではない。だが、我が帝国を守らんがためには戦争も手段の一つと声が上がったのも確かである。。
そう・・。
1930年代、欧米列強諸国に亜細亜の多くが植民地支配され、国家も国民もいわれない搾取によって痩せ細そっていくのみの現状を憂い
亜細亜の民を救わんが為、欧米各国に対し亜細亜圏で唯一対等に渡り合っていた大日本帝国に対し、ABCD包囲網なるものによって貿易封鎖を行い
石油の全面禁輸を断行、戦争回避の交渉もすべてを拒否し、あろうことか1941年11月26日に帝国に対して
日本は滅亡するかアメリカの奴隷になるかどちらかを選べと言わんとするハルノートを突きつけてきた。
意を決し我々は11月26日に単冠湾から真珠湾に向けて出航。
人として進むため、後には引けぬ帝国は
12月1日御前会議にて亜細亜の解放と帝国の自衛を全うすべく米、英、蘭に対し開戦やむなきとの聖断がくだされた。
12月2日「ニイタカヤマノボレ、ヒトフタマルハチ」の報を受け、おのおのが身を引き締めつつ今日を迎えることとなった。

d3a_01

御國を守るこの日、この作戦に各員みな緊張の表情を隠しえませんでしたが、その搭乗員は皆大ベテランで、猛訓練を堪えた最高の人員を組んだ、まさに帝国海軍最強の陣容である。
報国一矢の思いをこめた250キロ爆弾を抱え4小隊編成で出撃することになり、私は第2小隊の後方にて報道1番機に同乗させてもらえることになった。
航空母艦から舞い立った第一次攻撃隊の183機は各集団ごとに集合、機動部隊上空を大きく旋回したのち、6時15分ハワイを目指して進撃を開始。
最新鋭の零式艦上戦闘機を要する制空隊は、これら集団の上空500メートルに占位してハワイに迫って行くのである。
ただ残念かな一部の艦攻隊が発艦に遅れを出し、第二次攻撃隊と同行するとのことのようであった。

d3a_02
d3a_02_2

天翔ける制空隊。
零式の勇姿はアメリカにどう映ろうものか。

d3a_03
d3a_03_3